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肥満症における新たな減量目標を提唱!―心血管疾患リスク改善のための肥満症治療指針に向けたエビデンス―

2024年3月29日

肥満症における新たな減量目標を提唱!
―心血管疾患リスク改善のための肥満症治療指針に向けたエビデンス―

 


【研究の概要】

 健康科学大学リハビリテーション学科・田中将志教授は、国立病院機構京都医療センター臨床研究センター内分泌代謝高血圧研究部・浅原哲子部長、山陰一主任研究員、城嵩晶客員研究員を中心とする研究チーム(JOMS [Japan Obesity and Metabolic syndrome Study] Group)と共同で、国立病院機構肥満症多施設共同研究(NHO-JOMS)の全国多施設共同コホートを基盤とする肥満を有する患者(肥満患者)を対象に、心血管疾患(CVD)リスクを改善するための減量目標に関する新たなエビデンスを報告しました。

 肥満(特に内臓脂肪型肥満)は高血圧・糖尿病・脂質異常症といった生活習慣病の大きな要因であり、いわゆるメタボリックシンドロームという状態になり、将来的に心筋梗塞や脳卒中等のCVDが約2~3倍発症しやすくなります。従って、肥満患者におけるCVDリスク改善のためには、どの程度の体重減少(減量)がCVDリスク因子を低減するかを明らかにすることが重要となります。そこで研究チームは、CVDリスク因子重積数に焦点を当て、5年間にわたって減量指導を受けた通院中の肥満患者におけるCVDリスク因子低減と体重減少との関連を検討しました。その結果、減量開始1年後では初期体重の5%以上、5年後では7.5%以上の体重減少が、肥満患者のCVDリスクの改善に必要であることが判明しました。

 これらの成果から、肥満患者のCVDリスク因子低減を標的とした減量の新たな目標値が明らかとなり、CVDリスク改善のための新規肥満症治療指針の構築に繋がる大きなエビデンスになることが期待されます。本研究論文は、肥満、糖尿病や関連合併症に関する欧州の国際専門誌Frontiers in Endocrinology誌のオンライン版に掲載されました(https://www.frontiersin.org/journals/endocrinology/articles/10.3389/fendo.2024.1343153/full)。

 

【研究の背景】

 近年、肥満は世界的に急増しています。肥満(特に内臓脂肪型肥満)では、高血圧・高血糖・脂質代謝異常を引き起こしやすく、それらが組み合わさって発症するとメタボリックシンドロームという病態になります。メタボリックシンドロームでは、心臓病や脳卒中などの心血管疾患(CVD)の発症リスクが約2~3倍も高まります。従って、肥満を有する患者(肥満患者)においてCVDリスクを改善するためには、減量が最も基本で重要な治療です。その減量指導を効果的に行うためには、CVDリスクを十分に軽減・改善できる減量指導の目標値の設定、それに基づく肥満症治療指針や体重管理プログラムの構築が喫緊の課題となっています。

 現在、わが国では、日本肥満学会より発刊されている「肥満症診療ガイドライン」(参考文献1, 2)において、2016年より肥満症の減量目標は3~6ヶ月で初期体重の3%に設定され、その根拠となるエビデンスが1件挙げられています(参考文献3)。この報告は、特定健診において6ヶ月間の生活習慣改善プログラム(特定保健指導)を実施した「肥満症」または「メタボリックシンドローム」に該当する人を対象とした検討であり、そこでは3%の体重減少(減量)によって、血糖、血圧、脂質等の改善が認められたことから、現在の日本のガイドラインでは3~6ヶ月で現体重の3%以上が減量目標と設定されています。

 一方で、医療機関に通院する肥満患者や肥満症患者を対象とした減量目標についての、わが国におけるより長期の研究報告は、これまでありませんでした。肥満患者のCVDリスク改善には、短期間だけでなく、長期にわたる減量と体重維持が重要ですが、長期の減量治療においては、しばしばリバウンド(体重再増加)が大きな問題となります。以上を解決するには、減量目標(初期体重からの体重減少率)について、短期間のみならず長期間での検討によって明らかにすることが必要となり、今回の研究報告ではこの点に主眼を置いています。

 

【研究成果】

 今回、本研究チームでは、全国の国立病院機構(NHO: National Hospital Organization)関連施設における多施設共同にて、肥満症多施設共同研究(NHO-JOMS)を開始し、5年間にわたって継続的に外来に通院する肥満患者に対して、減量指導(減量指導は学会ガイドラインに準拠した食事・運動療法を中心とする生活習慣指導)を実施し、多施設共同肥満症コホートに登録しました。そして、本コホートに登録した外来通院中の肥満患者576名(男性250名、女性326名)を対象に、CVDリスク因子(高血圧、空腹時高血糖、高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症)と体重減少率との関連について詳細に検討しました。

 本研究の肥満患者における1年後と5年後の体重減少の割合は、減量開始1年後においては、肥満患者の48.0%が初期体重からの3.0%以上の減量、36.3%が5.0%以上の減量、25.0%が7.5%以上の減量を達成していました(図1)。減量開始5年後では、肥満患者の47.7%が3.0%以上の減量、39.1%が5.0%以上の減量、24.1%が7.5%以上の減量を達成していました(図1)。

1. 減量指導を受けた肥満患者における体重減少率とその頻度.

 

 そこで、1年後および5年後においてCVDリスク因子数を1項目以上減少させるために必要な体重減少率はどの程度に設定すべきかを探索するために、ROC(receiver operating characteristic)解析を行いました。その結果、CVDリスク因子減少の予測能指標であるAUC(area under the curve)は1年後、5年後でそれぞれ0.719、0.694となり、体重減少率のみでCVDリスク因子数減少を予測することが可能であると分かりました(図2)。このROC解析において、Youden Index法を用い、CVDリスク因子数減少を予測する体重減少率を検討したところ、1年後、5年後ともに、体重減少率の最適なカットオフ値は、初期体重からの5.0%と算出されました(1年後:感度0.63、特異度0.71;5年後:感度0.66、特異度0.69)(図2)。さらに、より確実なCVDリスク因子数減少効果を期待する場合の体重減少率を検討したところ、1年後、5年後いずれについても、7.5%の体重減少が必要であることが算出されました(1年後:感度0.43、特異度0.80;5年後:感度0.45、特異度0.80)(図2)。
 

2. 肥満患者にてCVDリスク因子数を1項目以上減少させる予測体重減少率.
ROC, receiver operating characteristic; AUC, area under the curve; YI, Youden Index;
Spe, specificity.

 

 さらに、CVDリスク因子の重積数をスコア化し、体重減少率とCVDリスクスコア軽減との関連を検討しました。その結果、減量開始後3ヶ月、1年、5年いずれにおいても、体重減少率が高い程、CVDリスクスコアは有意に軽減されることが明らかとなりました(図3)。さらに、体重減少率別に検討したところ、対照群(± 1%体重変化群)に比しCVDリスクスコアが有意に軽減するのは、1年後では体重減少率5%以上、そして5年後では体重減少率7.5%以上の場合であることが判明しました(図3)。

 

3. 肥満患者における体重減少率とCVDリスク因子重積数軽減度との関連.
FPG, 空腹時血糖; TG, トリグリセリド; HDL-C, HDL-コレステロール.

 

【まとめと今後の展望】

 本研究より、日本人肥満患者におけるCVDリスク改善のための減量目標が初めて明らかになりました。減量開始1年後においては初期体重の5%以上の体重減少率が、そして5年後では7.5%以上の体重減少率が、肥満患者のCVDリスク因子を有意に軽減させることが示されました。

 また、日本人肥満患者において、より確実なCVDリスク因子数減少効果を期待できる体重減少率は、減量治療1年後、5年後いずれにおいても、7.5%が必要であることが示されました。

 以上の成績は、これまでの特定健診・特定保健指導とは異なり、医療機関における5年間にわたる継続的な減量指導(学会ガイドラインに準拠した減量指導)による肥満患者の検討に基づいていること、多施設共同コホートであること、また、CVDリスク因子重積数の低減に着目している点に新規性があります。

 本研究により、日本人肥満患者においては、CVDリスク改善のための減量目標として、1年間では初期体重の5%以上、5年間では7.5%以上を設定することが望ましいということを新しく提唱することができ、今後の日本人の肥満症の治療指針やガイドラインの策定時の重要なエビデンスになると考えられます。

 本研究成果により、わが国で増加する肥満患者に対して、医療機関や実地医家等にて運用可能なCVD発症予防のためのより明確な治療目標が示され、これにより充分な減量指導・治療が普及すれば、生活習慣病やCVD発症の抑制に繋がり、日本人の健康寿命延伸や医療費抑制など医療と福祉への貢献が期待できます。

 

【文献】

1.日本肥満学会. 肥満症診療ガイドライン2016. ライフサイエンス出版. 2016.
2.日本肥満学会. 肥満症診療ガイドライン2022. ライフサイエンス出版. 2022.
3.Muramoto A, Matsushita M, Kato A, Yamamoto N, Koike G, Nakamura M, et al. Three Percent Weight Reduction Is the Minimum Requirement to Improve Health Hazards in Obese and Overweight People in Japan. Obes Res Clin Pract 8(5):e466-75. 2014.

 

【用語解説(参照:一般社団法人 日本肥満学会)】

◆肥満
 身長に比べ体重が大きい状態を指す。病気を意味するものではない。
 体格指数 (BMI = 体重[㎏]/身長[m]2) が18.5以上25未満であれば普通体重。18.5未満なら低体重、25以上なら肥満に分類される。

◆肥満症
 肥満(BMI ≥25)であって、肥満による11種の健康障害(合併症:耐糖能障害[2型糖尿病など]、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風など)が1つ以上あるか、健康障害を起こしやすい内臓脂肪蓄積がある場合に診断される。減量による医学的治療の対象となる。

◆メタボリックシンドローム
 別名「内臓脂肪症候群」。「肥満」か否かによらず、内臓脂肪の蓄積および血圧、血糖値、血清脂質値のうち2つ以上が基準値から外れている場合に診断される。

 

【論文情報】

 

【問い合わせ先】

健康科学大学 総務部 総務課
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FAX: 0555-83-5100