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運動習慣と急激な絶食・絶飲

2021年1月26日

運動習慣と急激な絶食・絶飲

-水分調節機構の新規作用と腎機能障害リスク-

【概要】

健康科学大学・健康科学部・理学療法学科の准教授・田中将志は、盛岡大学・長谷川和哉先生、東邦大学・山口優也先生と共同で、定期的な運動を習慣づけたラット及び習慣づけていないラットを用い、急激な絶食・絶飲をした場合、身体の水分代謝調節としてどのような機構が働くかを検討しました。その結果、急激な絶食・絶飲によって、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系と呼ばれる水分調節機構の活動が上がること、さらに、運動習慣がある場合には、腎臓の機能が障害されることを、世界で初めて明らかにしました。

この成果は、急激な絶食・絶飲に対する水分調節機構の新たな側面を示す可能性があり、アスリートにとって、より安全で効果的なトレーニングプログラムの開発に貢献する可能性が期待されます。本研究論文は、アメリカ合衆国の専門誌Physiological Reports誌のオンライン版に掲載されました(日本時間2021年1月5日)。

【研究内容】

スポーツには、ボクシングやレスリング等、体重別階級が設定されているものがあり、このような競技においては、絶食・絶飲による急激な減量が行われることがあります。これは、仮に短期間で急激な減量をした場合、脂肪や水分は減ったとしても、グリコーゲンや筋肉はあまり減らないのであれば、元の体重が大きいヒトの方が有利になるのではないかという仮説に基づいていると考えられます。特に水分は、私たちの身体の約65%を占めるため、急速減量の標的となる可能性があります。しかしながら、急激な脱水は、死亡を含む重篤な健康障害のリスク因子となります。一方、運動習慣がある場合とない場合において、急激な絶食・絶飲が為された場合、どのような水分調節機構が働くかについては、その詳細は解明されていませんでした(図1)。

図1運動、急激だ絶食・絶飲と身体の水分調節機構

身体の水分調節機構として、主に2種類が知られています。1つ目はバソプレシンという抗利尿ホルモンが関わる経路です。血液が減少し浸透圧が上昇したりすると産生され、腎臓に作用して水分の再吸収促進に働きます。2つ目はレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系と呼ばれる経路です。体液量の減少や血中ナトリウムイオン濃度低下により活性化され、腎臓でのナトリウムイオンの再吸収を促進することで、水分の保持に関わります。

研究チームは、定期的な運動を習慣づけたラットと習慣づけていないラットを用い、急激な絶食・絶飲が、2つの水分調節機構の活動レベルにどのような影響を及ぼすかを検討しました。また、水分や老廃物等の排泄・再吸収を担う腎臓への影響も解析しました。

その結果、バソプレシンが関わる経路は、運動習慣の有無や絶食・絶飲によらず、安定して水分調節に関与することが分かりました。一方、運動習慣があってもなくても、絶食・絶飲により、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活動レベルが上昇することが判明しました。これらの結果は、絶食・絶飲というストレスに対しては、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の方が効果的に対処することを示唆するものと考えられます(図2)。

さらに、運動習慣がある場合には、絶食・絶飲によって、腎臓での炎症が亢進し、細胞死の増加、腎組織の傷害レベルの上昇とともに、体重当たりの腎重量が減少し、腎機能も低下することを認めました。従って、運動習慣と急激な絶食・絶飲が組み合わさると、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化とともに、おそらくは未知の因子も働いて、腎臓に悪影響を及ぼす可能性が示唆されます(図2)。

図2.運動及び急激な絶食・絶飲による水分調節機構と腎機能への影響

今回の研究成果は、運動習慣がある中で急激な絶食・絶飲を行うと、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活動上昇に加え、腎機能障害も誘発されることを示唆するものと考えられます。今後、その詳細なメカニズムの解明や、絶食・絶飲後に食物や飲料水を摂取することによる回復の様子、絶食・絶飲と回復を繰り返すことによる影響の検討とともに、ヒトを対象とした研究により、アスリートにとって、より安全で効果的なトレーニングプログラムの開発に結び付けていきたいと考えています。

【研究助成】

本研究は次の助成を受けて行われました:JSPS科研費[JP17K13191(長谷川)、JP20K19716(長谷川)]、日本私立学校振興・共済事業団(長谷川)、健康科学大学(田中)。

【論文情報】

  • タイトル: Differential roles of VPS and RAAS in water homeostasis and a risk for kidney dysfunction in rats undergoing rapid fasting/dehydration with regular exercise
  • 掲載雑誌(専門誌:基礎生理学、トランスレーショナル生理学、及びそれらの連合分野): Physiological Reports, https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/journal/2051817X
  • 掲載論文: https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.14814/phy2.14670

 【研究チーム】

長谷川 和哉a)†*、山口 優也b)、田中 将志c)

a)盛岡大学 栄養科学部 栄養科学科

b)東邦大学 医学部 医学科

c)健康科学大学 健康科学部 理学療法学科

†論文筆頭著者:長谷川 和哉

*論文責任著者:長谷川 和哉

¶論文最終著者:田中 将志

(以上、論文掲載順)