教員と学生の当たり前は同じとは限らない ― 医療者教育に潜む「潜在的異文化性」という新たな視点を提案 ―
2026年9月29日
教員と学生の当たり前は同じとは限らない
― 医療者教育に潜む「潜在的異文化性」という新たな視点を提案 ―
【概要】
健康科学大学健康科学部リハビリテーション学科・講師の坂本祐太は、医療者教育における教員と学生のすれ違いを捉える新たな理論概念として、「潜在的異文化性(Latent Interculturality)」を提案しました。
医療者教育では、専門職としての振る舞いや上下関係、コミュニケーションのあり方など、明文化されていない「暗黙のルール」が数多く存在します。同じ国や同じ専門職集団に属していれば、こうした価値観やルールも共有されていると考えられがちですが、実際には教員と学生の間で当たり前とする前提が異なり、それが教育上のすれ違いや摩擦として現れることがあります。「潜在的異文化性」は、これまで学生個人の態度や意欲、あるいは単なる世代差として捉えられてきた問題の一部を、表面からは見えにくい文化的な前提の違いとして捉え直す概念です。
本論文は、医学教育分野の国際Q1誌Advances in Health Sciences Educationに、単著でオンライン先行掲載されました。同誌は年間約2,000件の投稿を受け、そのうち約90報を掲載する国際学術誌であり、年間投稿数に対する掲載数は約4.5%に相当します1。本論文は、2021年から設けられている理論論文枠Theory Mattersに採択されました。同枠は、医療者教育研究における理論の役割を問い、新たな理論的立場の提示や既存理論の批判的検討を促すことを目的としています2。
坂本講師は、2026年度山梨県若手研究者奨励事業に、研究テーマ「医療専門職教育における価値観の差異の可視化:潜在的異文化性に基づく認識構造の分析」で採択されており、今後はこの理論概念を実際の教育場面で検証し、教育上のすれ違いがどのような状況で生じるのか、その可視化を進めます。
1 Call for applications: Editor-in-Chief of Advances in Health Sciences Education (AHSE). Adv in Health Sci Educ 31, 369–372 (2026). https://doi.org/10.1007/s10459-026-10528-w
2 Varpio, L., Ellaway, R.H. Shaping our worldviews: a conversation about and of theory. Adv in Health Sci Educ 26, 339–345 (2021). https://doi.org/10.1007/s10459-021-10033-2
【内容】
本論文は、坂本講師が理学療法教育を実践する中で感じてきた疑問をもとに、理論的に構築したものです。
教員が学生を指導する際には、自身がこれまでに受けてきた教育や、医療現場で経験してきたことが大きく影響します。こうした経験は、現場で必要となる知識や技術、専門職としての振る舞い、医療現場におけるコミュニケーションのあり方などを学生に伝えるうえで重要な役割を果たします。一方で、教員が自身の経験をもとに説明しても、その意図が学生に十分に伝わらず、学生側もなぜそのような指導が必要なのか理解しにくい場面があります。例えば、医療専門職として求められる髪型や服装などの身だしなみ、上下関係を踏まえた礼儀や行動、さらには指導の伝え方そのものについて、教員と学生の間で当然と考える基準が異なることがあります。
本論文では、このような相互理解の難しさが生じる背景として、教員と学生が前提としている暗黙のルールが異なっている可能性に着目し、その状態を「潜在的異文化性」と定義しました(下図)。従来の異文化理解では、国籍、民族、宗教など、比較的認識しやすい違いをもつ集団間の相互理解が主に扱われてきました。これに対して潜在的異文化性は、一見すると同じ文化や同じ専門職集団に属しているように見える人々の間にも、共有されていると思われていた価値観や暗黙のルールの違いが存在しうる、という考え方です。つまり、「同じ国の人だから分かるはず」「同じ医療職を目指しているのだから同じ価値観を共有しているはず」という前提そのものを問い直す視点です。

本論文では、こうした潜在的異文化性がなぜ医療者教育で生じやすいのかについて、二つの特徴から考察しています。一つは、言葉ですべてを説明せず、状況や関係性、共有されている前提などを手がかりに意味を伝える「高文脈コミュニケーション」です。もう一つは、資格や専門教育を通じて専門職への参入が限定され、その内部で独自の規範や価値観が共有・継承されやすい「専門職の社会的閉鎖」です。こうした環境では、専門職の内部で共有されてきたルールが次第に説明しなくても分かるものとなり、それを十分に共有していない学生との間ですれ違いが生じる可能性があります。
さらに本論文では、潜在的異文化性への教育的対応として、三つの段階を提示しています(下表)。

第一は、自分と相手の当たり前が異なる可能性を認識することです。自分が身につけてきた価値観や専門職としての常識を当然のものと考えると、異なる考え方を「態度が悪い」「理解が足りない」と捉えてしまう可能性があります。まず、そこに異なる前提が存在する可能性を認識することが出発点となります。
第二は、相手に過剰に合わせないことです。価値観の違いを尊重することは重要ですが、摩擦を避けるために必要な指導まで控えたり、教育上必要な基準そのものを曖昧にしたりすれば、専門職教育として求められる学修機会が失われる可能性があります。そのため、相手の考え方を尊重しながらも、何を教育上必要な基準として維持するのかを検討する必要があります。
第三は、対話を通じて互いの前提を明らかにすることです。そのためには、教員自身が専門職としての当たり前や暗黙のルールを言葉にし、なぜその指導が必要なのかを学生に説明する必要があります。同時に、教員から一方的に伝えるだけではなく、学生が疑問や異なる考えを安心して表明できる環境をつくり、双方が意見を交わすことが重要です。
本論文では、こうした対応を教員個人だけの問題としてではなく、教員と学生の関係、さらに教育組織全体の課題として捉えています。暗黙のルールを可視化し、教員間で教育基準を共有するとともに、学生との対話を可能にする環境を整えることが、潜在的異文化性によるすれ違いを減らすために重要であると提案しています。
【謝辞】
本研究の理論構築において、名古屋葵大学の駒形純也助教に助言いただきました。
【研究助成】
本研究は、一部、次の助成を受けて行われました:JSPS科研費(25K13720)
【論文情報】
著者:Yuta Sakamoto
題名:Latent interculturality in health professions education: hidden cultural tensions within apparently homogeneous contexts
掲載雑誌:Advances in Health Sciences Education
雑誌カテゴリ:Theory Matters
DOI:<a href=”https://doi.org/10.1007/s10459-026-10579-z”> https://doi.org/10.1007/s10459-026-10579-z</a>
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