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卒業生インタビュー
菊田 あずさ さん
気仙沼市立病院 理学療法士

2009年度理学療法学科卒業生
宮城県鼎が浦高等学校(現宮城県気仙沼高等学校)出身
今の自分を築いてくれた故郷気仙沼 より地域に根ざした活動をしていきたい

2011年3月11日。
東日本大震災は、後世まで語り継がれるであろう、私たちの記憶に刻まれた大きな大きな出来事だった。3年以上が経過した今も、被害を受けた地域では多くの方が支援を求め、それに向けた活動が日々行われている。そんな大震災で特に被害の大きかった地域として有名な宮城県気仙沼市。理学療法学科卒業生の菊田あずささんの故郷でもある。
菊田さんは震災が起きた時、神奈川県にある急性期病院で勤務中だった。「胸騒ぎはしました。ずっと地元で地震教育を受けていたので、何となく「宮城の方が震源地かも』と感じました」。当時のことを振り返る。その後、湾波で流された故郷の映像をテレピで見ながら、家族の安否をたどる日々が続いた。不安で、一人でいることなどできなかった。そんな時に一緒にいてくれた同郷の友達の存在が心強かったと話す。そして、安否を確認し続けること約1週間、ついに家族が皆無事であることがわかった。
「震災の後、すぐに被災地に赴いて支援ができる人と、そう思っていてもすぐに行動できない人がいて、私は後者でした。少し時聞がかかりましたが、震災を通じて『何が自分にできるのか』を考えたとき、理学療法土は直接人に関わって支援できる仕事だと気づきました。私は明るく、プラス思考な人間だと思います。ぞれを築いてくれたのは、子どものころから好きに甘えさせてくれた祖父母や地域の方、海と山に固まれた豊かな自然だったと思います。だから自分ができることで恩返しをしたいと思いました」。
そして震災から約2年後、菊田さんは故郷気仙沼の病院にいた。
新しい職場となった病院は、地域の総合病院であるため、患者さまの疾患は多岐にわたる。その中でも、前病院で取得した3学会合同呼吸療法認定士の経験を活かして、呼吸器疾患の患者さまを多く担当している。リハビリスタッフは理学療法士・作業療法士・言語聴覚士合わせて約加名ほど。菊田さんと同様、震災をきっかけにUターンしたスタッフ・もいるという。
震災以降、退院調整を行う際に、仮設住宅に戻る患者さまが多く、ぞれに照準を合わせた在宅環境を整えることも理学療法士の重要な仕事だ。気仙沼の人口の30%は65歳以上。高齢化が進んでいるため、退院時に介護保険等のサービスを必要とする方も多い。
「そういった方々を支えていくためには、病院でのケアはもちろん、生活環境を整えたり、介護予防などにも携わることが大切だと思っています。また、保健所、訪問リハビリテーション、ケアマネージャーなど、保健・福祉分野の専門家との連携は必要不可欠。これからは、理学療法士として、より地域に根ざした活動をすることが目標です」。
「復興」に向け今、国や地域は交通・建設・物流などの物理的側面の復活と、そこで暮らす人々のQOLといった生活的側面を支える対策に日々奮闘している。医療や福祉などのサービスはかたちのないものだが、そこで暮らす人々の生活を支える大きな基盤でもある。菊田さんはその生活を支える一専門家として、これから先どんな活躍をしていくのだろうか。私たちも震災復興に日々関心を持ち、時には手を差し伸べ、支え合いながら、震災地のこれからを見守り続けていきたい。

QOL(qualityof Iife)
QOLは、物理的な豊かさやサービスの量、個々の身辺自立だけでなく、精神面を含めた生活金体の豊かさと自己実現を含めた概念。

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